2009年1月22日木曜日

戯曲作品「遺族」-その2

       第二景 お兼の家

     殺風景な部屋の片隅の箱に蝋燭と線香が立って居る。其前でお兼が
     御詠歌を低い声で唄ッて居る。箱の上には、電報が乗って居る。囲炉
     裏を囲んで四五人の男が思案顔に話して居 る。(その中に源助、作造
     も混って居る。御詠歌は、其の地方に適切な歌詞を選ぶべきだ)

宗吉 こねえだ、発ったと思ふとったら、余ンまり早えこんだ。
謹六 おかねさも、ええ息子持って幸せだ云うてたが、気の毒なこんだ、それア
   国の為め云うけんどな。
源助 ほんに、不思議なくれえ早えこんだ、好江も返えさねえ中に、こんな事な
   ってしまおうとは、誰が、誰が考へつくこんだ。
謹六 好江さの方、うまく行っただか?
作造 それがよ、旅費工面つかねえだで、手紙で云ってやったけんど、ラチ明か
   ねえで、やっとこさ、やりくりして仁吉に行って貰らっただ、ほしたら、うまえ
   具合に話決って、昨日発つて来ただから今日にも来ンべえ。
宗吉 それァ、まァ良かっただ。それにしても、好江さ驚くべえ、たった一人兄に
   亡くして、あの娘も可哀想なもんだ。
作造 好江も驚くべえ、仁吉帰ったら、なんちて云うだろう。あれの発つた日目が
   けて、加賀の奴ア田に水引いてしまうし、今日当り田植始めてるざまでね
   えか、それえ指くわえて見てねえなんねえとは、勝ぅにしたとこで、なんぼ
   口惜しこんだろ。
謹六 俺ァ真実のこと云うげんど、始めは組合のものばっかりだろ思うでただ。
   村田の爺ぃも、仁左ェ 門も、音も、みんなそう云ってるだ、こげえなことなん
   だら、組合え抜けねえで、固ってれば、えかったってな、俺らァも、こうなっ
   て見るど、組合の悪口ただいた事後悔されるだ。・・・・・・けんど、今に な
   ってはぐちだもんな。
源助 何ぐちだもんだ、な作さ、俺ァ達、こねえだも話してただ。村のもんはみ
   んな、組合を眼の仇きしてるけど、今に目覚めるべえってな。
作造 ほうだともよ、これからだって遅くはねえど、仁吉帰ったら、寄合い開い
   で相談すべえ、なンも、組合だ云うて、やかましい名前つけることもいらね
   えだ。 な。
謹六 俺ァがらは、そげなこと云はれた義理でもねえが、そうして貰ろうたら、
   どげに助かるべえ。
宗吉 俺ァも謹六さ云う通りだで、ほんに、受け持や加賀の奴に、だまされて
   ただ。
茂太 (立ち上がりながら)俺ァ馬ァ放して来たで、ちょっくら見てくべえ。あと
   で、叉くるンで。(去る)
宗吉 (去った後を見やりながら)ケッ、寄合いのことでも加賀に告げて、作
   得まけて貰ったらいいだらッ(皆の方に向き直って)茂太の奴加賀に手
   伝え行ってるだ。
作造 ほうが、助平根生出しやがって。
謹六 恐しいこんだ。昨年の争議で二十日入つた茂太が、あんななんだか
   らな。
源助 ほんにさ、そんで、よくも大きい面してられるもんだ。
仁吉 (好江を連れて、せき込んで入って来る。家の中を見て、ギョッとす
   る。)
作造 仁吉か。
仁吉 い、一体どうしただ。
源助 それが、お前え・・・・・・
仁吉 田ン甫には知ンねえもんが入り込んでるし、家へ来て見れば、
   勝ぅ・・・・
     皆無言でうなだれる。好江は母の側に近よる。
好江 おっ母ア、帰えっただ。
お兼 (此の時始めて声を止めて振り向き)おお好ッ、よく帰っただ、よく
   帰っただ。勝ぅ見イ、戦さで死 んだだ。名誉の戦死遂げただ。これ見
   い。(電報を見せる。)
好江 (震える手で受け取って、おろおろ声で読む)二十三日午前四時、
   長域の激戦にて齊藤勝男君名譽の戦死を遂ぐ。(読み終わると、わッ
   と泣きくづれる。)
お兼 好ッ、何泣くだ。兄イ兄イは名譽の戦死遂げただ、何泣くだ。勝ぅは
   親孝行もンだぞ、金、うんとこさ貰えるだ。好ッせ、千円の金貰れえる
   だど。
     皆はあっけに取られる。
お兼 おッ母ァ金持なっど、好ッ、せ、千円だど、泣くンでねえだ、何悲しい
   だ。こげえ、め、芽出度えごどあるもんでねえに。
仁吉 (堪り兼ねて)おッ母ァ何云うだ、そ、そんな、めくされ金と勝ぅ命取
   り換えられるもンでねえ、おッ母ァ・・・・・・
お兼 (ヒステリックに)めくされ金だッ、このろくでなし、どこめくされ金だ。
   (好江に向って)好ッ、笑えや、おッ母ァ地主の加賀にも、信用組合に
   も、なんもかんも、みんな払ってやるだ。借金みんな返すだ。な好ッ、
   おッ母ァ田ア買って、お前えに赤え着物のこさえで、むこ貰らっでや
   るぞ、な。
好江 おッ母ァ、おら、赤けえ着物欲しくねえ、なんも欲しくねえだ、兄ン
   ちや、 兄ンちやん。
お兼 何いうだ、千円いらねってが、千円いらねってが、こ、このごくつ
   ぶしッ。(お兼、蝋燭台を振り上げる)
     皆「アッ」と立ちかける。仁吉、お兼の手から、蝋燭台を取りながら、
仁吉 おッ母ァ、気イ靜めて呉ンろ、気イ静めて呉ンろ。
        -暗転- 

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