2009年1月28日水曜日

戯曲作品「遺族」-その3

             第三景 前景に同じく、お兼の家

     お兼、豆の埃りを撰り分けながら独言をつぶやいて居る。
お兼 あーア、いやなこった。まるで蜂の巣みてえに寄ってたかって持って行き
   くさる。加賀の旦那ァ役 場とぐるンなって、作得の、とどこった分を天引し
   やがるし、おまけに、役場の上納まで天引だ。ケッ (豆を投げ出して)まる
   で泥棒でねえか・・・・・・おらアの家に、田ア一枚殖えるでねえ、馬ァ一匹買
   え るでねえ、勝ぅ草葉の影で泣いてるベえ、おらア済まねえ、俺ア済まね
   えだ。
     その時洋服の男入って来る。
洋服の男 婆ばア居るか?
お兼 居るど。
洋服の男 婆ばア勝っあん、亡くなつたてでえねえか、気の毒な事したな。
お兼 ほんに勝う居て呉れたらとそう思うと俺ア居ても立っても居られねえだ。
洋服の男 そんでも、勝っあんは親孝行もんだ、死んでも金どっさり残して
   呉れたもんな。
お兼 それがお前え・・・・・・
洋服の男 (その言葉をさえ切って)イヤ他でもねえが、ほれ、勝っあん先々
   落した俺ンとこの無尽な。
     (註:「無尽」は「頼母子講」と同じで互助的な金融会社もしくは組合。
        利用者・組合員はその掛 け金を上回って高利子で融通しても
        らう。古くから戦前まであった市民金融の一種)
お兼 (驚いて)ぇえ。
洋服の男 何、ちっとだけどな、あいつの掛金とどこってるで、会社の方では
   近いうち競賣するって云ってたから、そんな事しねえで、おだやかに決
   めたらいいと、こう思って、ちょっと教えに来たんだがな。
お兼 一体どの位えだし。
洋服の男 (書類をめくりながら)うん、ちっとだ。五百円に落したで、百八十
   円ばかしの遅れだ、そればかしで、保証した源助さんとこも迷惑するん
   だから、何とか考えて置いて呉れ、な。叉近いうち来る で。(そそくさと
   去る)
お兼 おーア、何んてこった、勝ぅ残した金、みんな、みんな持って行かれる
   だ。こんではまるで、勝ぅ借金取りの為めに死んだ様なもんでねえか、
   勝ぅ体みんな野郎共に、しやぶられる様なもンでねえか・・・・・・おらア悪
   りいだ、おらア考え足りなかっただ。(うなだれて考え込む)
     好江が入って来る。
好江 おッ母ア少し早えけんど、息切れすンで上って来ただ。オヤ。おッ母ア
   何考えてるだ。
お兼 ・・・・・・
好江 叉、借金取りけ?
お兼 (うなづく。)
好江 おッ母ア払ってやったんであんめえな?
お兼 (首を横に振る)好ッ、おッ母ア、おッ母ア始めて眼え覚めただ。みん
   なおッ母ア悪りいだ、勝う泣いてるべえ、めくされ金いらなかっただ。勝
   ぅ帰えして貰いてえだ。
好江 おッ母ア、解かっただか、おらア毎日田ン甫で泣いたど、どうしておッ
   母ア目腐れ金に気狂え見
   てに喜んでンだろ、勝兄イは、なんぼ口惜しんだろ、そう思うと涙ア出
   ただ。
お兼 許して呉ンろ、な好ッ、おッ母ア考え足りなかつただ。あぁ恥しいこん
   だ。仁吉や源助や作造に顔向けなンねえだ。・・・・・・ほんにおらア、目、
   目腐れ・・・・・・
好江 おッ母ア、何ンでもねえだ。仁吉さ云ってたど、おッ母ア悪りいでねえ、
   金呉れてだまくらかした奴悪りいだってな、それに、おッ母アみてえに、
   だまくらかされてるもンが、なんぼあッがしンねえ。そんでも今にきっと
   眼覚る時来るだ。肥料(註:こえ)高くなんのも、役場の上納高くなんの
   も、みんな兄ンちや殺した戦のためだって云ってたぞ。
お兼 ほうが、おら良く解ンねえけンど、今アなって見れば、勝う戦にやるで
   なかった。これから俺アどう して暮すだ、勝ぅやるでなかった。
好江 おッ母ア心配えいらねえだ、村の寄り合いでおらア家の作得をただに
   して、取った田ア返えせって加賀に談判すること相談してるだ。
お兼 ほうが、有難えこんだ。俺ア組合あんでほんに気イ強いだ、俺ア、勝ぅ
   仇き取るつもりで稼ぐべえ、な好ッ。
好江 ほうだ、おッ母ア、俺ア達仇き取るこんだ、どんな、ど偉えこんも、みん
   なア固まれば、きっと出来るって、仁吉の兄ンちや云ってただ。(思い出
   して)おッ母ア、すまねえけんど、まんまの支度くしてくんろ。な、俺ア、
   煙り吸うと喉苦しくなるだ。其の代り豆俺アいるべえ。
お兼 よし、よし、お前えほんに体ア大丈夫け、無理すんでねえど。(立ち上る)
好江 ん、大した事アねえだ、心配えすんでねえ。
お兼 ほんならええけんど、ほんに気いつけれや(勝手に去る)
     好江、豆をいり始める。
好江 (ソロ)俺ア、ほんに体ア悪いかも知んねえ、田アぶちながら、息がハア
   ハア切れる。どうしたンだ ろ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほうだ、機場に居た時
   も時々目めいがしてぶッ倒れンでねえかと思った。ムンムンした、ごみン
   中で、毎日倒れるもンが出た。そのたんび、満州の兵隊思えって頭から
   水ぶッかけられた。きっと此の病気、機場から持って来たに違えねえ・・・
   ・・・・・・・・・・。 けんど、けんど俺ア病気に負けるもんか、おッ母ア眼え覚め
   て呉れた、おらア寄り合へだ、こんなうれしいことあるもんか、そんで病気
   に負けてたまるけ・・・・・・(後に向って)おッ母ア、今日来た借金とり何処
   だア。
お兼の声 町の無尽会社だア、百八十円におくれだとよ、
好江 ほうが、俺ア寄り合いで話すべえ、みんなで相談すべえなおッ母ア。
お兼の声 ほうしてけれ!お好ッ。
好江 そうすべえ。
お兼の声 村田のみよ帰えってるで云うでねえが。
好江 うん、帰ってるだ。みよさや、俺アほんに間違った事オしたア云ってるど。
お兼の声 ほうが、ほうが・・・・・・・・・・・・
好江(ソロ) 寄り合へに来るもンは十人になった。爺いも居る。若けえもンも
   居る。娘ッ子は俺アと、みよさやと、たった二人だけんど、今に三人にし
   て見せる。・・・・・・・・・・・・仁吉の兄ンさやは色ンな事話して呉れる。兄ンち
   や殺した戦さのこと、おらアの暮らしのこと、新聞に難しい字で書いてあ
   るいろんな事、そいから、ソ、ソヴァ(註:ソフォーズ=国営農場のこと)忘
   れちまった、何だっけろ、ほうだ、今のロシヤの話して呉れる。此の前は、
   自動車みてえなもン動してる百姓の娘の写真見せて呉れた。その顔は、
   とってもうれしそうだった。俺アもこンげえ、なりてなアて、云ったら、仁吉
   の兄ンちや「寄り合へ大きくして、地主の加賀や、戦さけしかける金持ち
   と闘うこんだ、ほしだら、みんなごげえなれっぞ」って眞面目くさった顔で
   云ってた。そんとき、俺ア何だか胸が焼ける様な気イし た。・・・・・・・・・・・
お兼の声 好ッ、俺アちょっくら畠さ行って、夏菜とって来るどオー。
好江 ウン・・・・・・(ソロ)今度、俺ア達若えもんで芝居やっことに決めた。俺ア
   達の兄ンちや奪ったり、肥料高くする戦さ、反対だってう芝居だ、おら、
   仁吉兄ンちやの嫁の役だ、恥しいこんだ、ほんでも村のもンの眼え覚すた
   めだ、ほんなこと云ってられねえ。・・・・・・・・・・ほンだ、機場のみねちやと
   ゆきちやに手紙書くべえ「機場さも寄り合へこさえろ」ッて・・・・・・、だけん
   ど、監督の奴封切って見ッかもシンねえ・・・・・・。
お兼の声 好イッ、仁吉兄ンちや来たど。
好江 あ、迎へに来ただ、芝居のケイコだっけ、(立ち上り上手の方に)今、い
   くどオー、まんまかっこむからまっててけろオなアー。

                                  一九三三・六・三〇
                       『鍬と銃』プロレタリア戯曲叢書第五編
                              (昭和八年八月五日発表)

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